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東京高等裁判所 昭和48年(う)1171号 判決 1974年4月25日

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

原審における未決勾留日数中四〇〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用中証人小野輝雄、同坂井勇、同坂和明吾、同湊勝治、同高山哲郎、同坂本越郎、同石川清、同上原勉に支給した分は原審相被告人斉藤憲一、同矢崎薫、同一之瀬透、同中村順、同近藤義親、同炭谷久雄との連帯負担とする。

原審の訴因変更許可決定により追加された、被告人が昭和四四年一〇月二一日午後七時二五分ころ東京都新宿区戸塚町二丁目九〇番地戸塚二丁目交差点付近道路上で兇器準備集合、公務執行妨害をした、との訴因については、公訴を棄却する。

理由

<前略>

控訴趣意第二点について。

論旨は、要するに、被告人が昭和四四年一〇月二一日午後七時五分ころ東京都新宿区戸塚町二丁目一九一番地警視庁戸塚警察署前付近路上においてした兇器準備集合及び公務執行妨害の各所為と同日午後七時二五分ころ同都同区戸塚町二丁目九〇番地先戸塚二丁目交差点付近路上においてした前同各所為をもつて、それぞれ同一犯意を継続して行つた兇器準備集合及び公務執行妨害の各包括一罪となる所為と判断し、原審第八回公判において、検察官が前記戸塚警察署前付近路上の各所為についての当初の訴因に、前記戸塚二丁目交差点付近路上の各所為についての訴因を追加する訴因変更の請求をしたのを許可したのは、公訴事実の同一性のない事実について訴因変更を許可したもので判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続上の法令違反をしたものであり、またこれにもとずいて原判示事実を認定したのは審判の請求を受けない事件につき判決をしたもので刑訴法三七八条三号後段の事由に当る違法がある、また仮りに右訴因変更許可決定が当初の訴因事実を明確にしただけのものとするならば、右訴因変更によつても、包括一罪とした各行為はそれぞれ明確にされていないのに一括したまま審理の対象としたもので、訴因不特定のまま訴訟手続を進行させた訴訟手続上の法令違反があり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

記録によると、原審第八回公判期日において、検察官は左記の訴因、

すなわち、

被告人は

第一  昭和四四年一〇月二一日午後七時五分過ぎころ、東京都新宿区戸塚町二丁目一九一番地戸塚警察署前付近道路上において、多数の者が共同して投石、火炎びん投てき、殴打等により警備の警察官らの身体・財産に対し危害を加える目的をもつて多数の石塊・火炎びん・鉄パイプ等を準備して集合した際、鉄パイプを所持して右集団に加わり、もつて他人の身体・財産に対し共同して害を加える目的で兇器を準備して集合し、

第二  多数の者と共謀のうえ、前同日同時刻ころ、前同所付近において、被告人らの違法行為を制止・検挙する任務に従事中の警視庁警察官らに対し、多数の石塊や火炎びんを投げつけ、鉄パイプで殴りかかるなどの暴行を加え、もつて右警察官らの職務執行を妨害し

たものである、

との訴因につき、

公訴事実第一の記載中、「午後七時五分過ぎころ」の次に、「から午後七時二五分ころまでの間」を、「戸塚警察署前付近道路上」の次に、「および同町二丁目九〇番地先戸塚二丁目交差点付近路上」を加える、

と書面にもとずいて訴因変更請求をし、口頭で右訴因変更は公訴事実第二についても請求するものである旨補足し、同第九回公判期日において、原審は右訴因変更を許可する旨の決定をしたことが明らかである。

右訴因変更請求は、公訴事実第二にも及ぶ旨が検察官提出の訴因変更請求書には明確に指摘されていないが、公訴事実第一について日時、場所が変更されたものであるから、公訴事実第二の「前同日同時刻ころ、前同所付近において」は、これをうけて変更されたものと解することもできること、検察官が口頭でこの趣旨を明らかにしていること、第八回公判期日における訴因変更請求の手続の効果は同日不出頭許可をうけて出頭しなかつた被告人にも及ぶこと、同公判期日における弁護人の訴因変更申請に対する意見も不出頭の被告人に対しても訴因変更請求があつたことを前提としていること等からみて、右訴因変更は公訴事実第二についてもされたものと認めるのが相当である。

そこで当初の訴因事実と訴因変更により追加された訴因事実との間の公訴事実の同一性について検討する。

記録、原審の取り調べた各証拠、当審の事実取調の結果によると、被告人は昭和四四年一〇月二一日午後七時五分過ぎころ、東京都新宿区戸塚町二丁目一九一番地警視庁戸塚警察署前付近のいわゆる明治通り路上で、約二〇〇名からなる軍団組織に編成された学生らが共同して、警備中の警察官らの身体・財産に対し危害を加える目的をもつて、多数の者が火炎びん・鉄パイプ等を所持して集合した際、鉄パイプ一本を持つてこれに加つたこと、同所で、右学生らと共謀のうえ、被告人らの右の違法行為の制止・検挙に当つた警視庁第五、第七、第八方面機動隊に属する警察官らに対し、投石、火炎びん投てき等をしてその公務の執行を妨害したこと、右集団は右機動隊によつて直に規制され、一部の学生らは逮捕され、他の学生らは前記明治通りを北方に、あるいは東西両側の路地に算を乱して逃げ去り、付近は静穏に復したこと、被告人は右道路東側の路地に逃げ込み、そのうちに付近に逃げ込んだ他の学生らも三三五五加わつて三〇ないし四〇名となり、ともかく新宿地区に行こうとして通称早稲田通りに出たこと、その後同日午後七時二五分ころ前同町二丁目九〇番地先戸塚二丁目交差点付近で機動隊が阻止線を張つているのを見て、これを突破しなければ新宿地区へは到達できないとして、携えていた火炎びん、鉄パイプをもつて、共同して右警備中の警視庁第八方面機動隊に属する警察官らの身体・財産に害を加える目的をもつて、集団となり、たがいに意思を通じて右警察官らの阻止線に突進し、火炎びんを投げつけ、鉄パイプ等で殴りかかり右警察官らの被告人らの違法行為を制止・検挙する公務の執行を妨害したこと、被告人は同所付近で、兇器準備集合、公務執行妨害で現行犯逮捕されたことが認められる。

右の事実関係から考察すると、当初の約二〇〇名の学生らの組織的集団による戸塚警察署前付近路上における兇器準備集合状態は、同集団の同所における機動隊員に対する投石、火炎びんの投てき等の所為に対する機動隊の規制によつて四散し、一度解消したもので、刑法二〇八条ノ二にいう「集合」の要件を欠くに至つたものであり、その後の前記戸塚二丁目交差点付近路上での集団は、時間的、場所的な近接性、当初の集団である約二〇〇名の中の約三〇ないし四〇名ではあるが、ともかく当初と集団構成員が共通していること、数量は少くなつたが当初と兇器の同一性があることが認められるにしても、当初の組織的集団の解消後新たに生じた集団であり当初の集団の継続とは認められずまた証拠によれば前に戸塚警察署前付近路上において阻止線隊形を張り右約二〇〇名の学生集団の公務執行妨害の対象となつた警察官らと戸塚二丁目交差点付近路上において阻止線を張つて右約三〇ないし四〇名の学生の公務執行妨害の対象となつた警察官らとはその人数、構成内容においてもその対抗力においても異なつていたものであり、右戸塚警察署前付近路上における学生集団と機動隊との衝突による紛争は一旦鎮静され、その紛争状態は右戸塚二丁目交差点付近に至る間の道路上で継続してはいないのであるから、右両地点における兇器準備集合及び公務執行妨害の各所為はそれぞれ日時、場所を異にする別個の紛争であり、これをそれぞれ包括して一罪として評価することはできず、各独立した数罪となると認めるのを相当とする。

それゆえ、原審が前記のように検察官の訴因変更請求を許可したのは公訴事実の同一性の限度を害したもので、刑訴法三一二条一項に違反し、これにもとずき審理判決をしたのは刑訴法三七八条三号後段の審判の請求を受けない事件について判決をした違法があり、予備的主張について判断するまでもない。

原審は本件において、当初の訴因事実及び変更後の訴因事実をそれぞれ認め、それぞれ兇器準備集合及び公務執行妨害の包括一罪の不可分の関係にあるものとして認定処断しているのであるから、刑訴法三九七条一項、三七九条、三七八条三号後段により、原判決中被告人に関する部分の全部につきこれを破棄すべきであるが、本件控訴趣意中、警察官らの原判示第二の警察官らの職務執行は適法性を欠く旨主張する点は、証拠によると、警察官らは、被告人らが兇器準備集合の違法行為に出たため、その現に行われている犯罪を制止し、検挙するに至つたものであることが認められるから、公共の安全と秩序の維持を職責とする警察官の正当な職務執行であることは明らかで到底採用できないし、被告人の所為が違法性を欠くとの主張、量刑不当の控訴趣意については後に判断を示すとおりであつて、同法四〇〇条但書によつて当裁判所において更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は日本マルクス・レーニン主義者同盟(いわゆるM・L派。)に所属し、昭和四四年一〇月二一日のいわゆる一〇・二一国際反戦デーにおいて、機動隊の阻止線を突破し、新宿地区を制圧すると共に首相官邸を占拠するとのスローガンの下に、同年九月五日明治大学和泉校舎で開催された右同盟の下部組織である全国学生解放戦線の結成大会において、軍団と称する部隊が組織編成された際、右解放戦線の議長となつたものであるが、

第一  昭和四四年一〇月二一日午後七時五分過ぎころ、東京都新宿区戸塚町二丁目一九一番地警視庁戸塚警察署前付近道路上において、約二〇〇名の学生らが共同して、投石、火炎びんの投てき、鉄パイプ等による殴打等により警備中の警察官らの身体、財産に危害を加える目的をもつて、多数の石塊、火炎びん、鉄パイプ等を準備して集合した際、鉄パイプ一本を所持して右集団に加わり、もつて他人の身体、財産に対し共同して害を加える目的で兇器を準備して集合し、

第二  右の約二〇〇名の学生らと共謀のうえ、前同日同時刻ころ、前同所付近において、被告人らの違法行為を制止し、検挙する職務に従事中の警察官らに対し、多数の石塊、火炎びんを投げつけ、鉄パイプで殴りかかる等の暴行を加え、もつて右警察官らの職務の執行を妨害し

たものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

被告人の判示所為中第一は刑法二〇八条ノ二、一項、罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前のもの。)に、同第二は刑法九五条一項、六〇条に該当するから、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、同法二一条により原審における未決勾留日数中四〇〇日を右刑に算入するが、被告人が現在本件の所為について反省をし、政治的活動から退いて学業に励んでおり、節度のある社会生活を続けることが期待できる等の情状に照し同法二五条一項を適用し、この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予することとし、原審における訴訟費用中証人小野輝雄、同坂井勇、同坂和明吾、同湊勝治、同高山哲郎、同坂本越郎、同石川清、同上原勉に支給した分のは刑訴法一八一条一項本文、一八二条により原審相被告人斉藤憲一、同矢崎薫、同一之瀬透、同中村順、同近藤義親、同炭谷久雄との連帯負担とする。

なお、

被告人は

第一  昭和四四年一〇月二一日午後七時二五分ころ東京都新宿区戸塚町二丁目九〇番地先戸塚二丁目交差点付近路上において、多数の者が共同して投石・火炎びん投てき、殴打等により警備の警察官らの身体・財産に対し危害を加える目的をもつて、多数の石塊・火炎びん・鉄パイプ等を準備して集合した際、鉄パイプを所持して右集団に加わり、もつて他人の身体・財産に対し共同して害を加える目的で兇器を準備して集合し、

第二  多数の者と共謀のうえ、前同日同時刻ころ前同所付近において、被告人らの違法行為を制止・検挙する任務に従事中の警視庁警察官らに対し、多数の石塊や火炎びんを投げつけ、鉄パイプで殴りかかるなどの暴行を加え、もつて右警察官の職務の執行を妨害し

たものである、

との訴因変更によつて追加された部分は、検察官において公訴提起により審判を求めるべきであるのにこの措置に出なかつたもので、原審に事実上繋属するに至つたのに止るから、右事実については適法な公訴提起がなかつたものとして刑訴法三三八条四号により、この点につきいずれも公訴を棄却するものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(田原義衛 吉澤潤三 小泉祐康)

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